あなたのオキュペーションは何ですか

「休日なにしてるんですか?」

 と、人に聞くことがある。

 そして、「寝てます」「テレビ見てます」「ぼーっとしてます」という返事をうけ、ガッカリすることがある。

 ガッカリするということは、何かを期待して聞いていた、ということだ。いったい何を期待して、そのような質問をしていたのか?

 最近、わかってきたので、記す。

What is your occupation?

 "occupation" という単語がある。辞書で調べるとこのように書いてある。

occupationとは

職業、業務、(楽しみまたは日常生活の一部としての)時間の費やし方、気晴らし、従業、(土地・家屋などの)占有、居住、(地位・職などの)保有、占有期間、占領

 "What is your occupation?" と聞くと、普通、「あなたの職業はなんですか?」という意味だ。他方で、 "occupy" という動詞には、「〜を占める」という意味もある。  「普段なにをしていますか?」「休日なにをしていますか?」という質問を通して聞きたかったことは、これだ。

「あなたは普段、何の関心で占められていますか?」

 自分が何らかの強烈な関心事で時間を占められているがために、他者がどのような関心ごとで占められているかという点に、関心があるということだ。だから、質問を変えるべきである。

「あなたの関心はなんですか?」と。

「これは水です」

 アメリカのポストモダン作家が大学の卒業式で行った有名なスピーチがある。

これは水です

 内容を簡単に説明すると、大学の存在意義は、学生が、「何を考えるか選択できるようになること」にあるというスピーチである。どういうことだろうか。

 例えば人がレジに並んでいるとき、単にイラつくこともできるし、他者について考えることもできるし、マーケットについて考えることもできる。数ある「考え得ること」の中から、自分で、何を考えるべきか、選択できるようになるということ、これが大学で学ぶことの価値だという。

 例えば、退屈な運転中、私は、ただ単にイライラして時間を過ごすこともできるし、昨日読んだ小説のことを考えることもできるし、プログラミングの設計について考えることもできる。退屈な時間を、ただ単にイライラして過ごすということ、何にも占められていない、感情に支配された時間に身を委ねるということは、動物と同じだということである。

 人は、その時間を、どのようなことで占めるか、選択することができる。

芸人的コミュニケーション

「芸人的コミュニケーション」というものがある。精神科医斎藤環によれば、現代の若者のモデルは、「お笑い芸人」にあるという。学校や職場での人気者がしばしば、お笑い芸人的な人物であること想像すれば、納得がいく。

「芸人的コミュニケーション」とは、あらゆる会話を、テレビの芸人が行うような、記号的な脊椎反応に変換することである。掴みきれない他者の声を、大文字のテレビの単一のルールに回収し、共同体の混乱を避ける行為である。

 例えば「芸人的コミュニケーション」にとらわれた人間は、相手の些細な言葉の言い間違いを、いちいち場にとりあげ、笑いの対象に転換する。あるいは社会的最大公約数とはずれる中身のつまった考えを述べる語り手に対し、お笑い芸人的なラベリングを貼って、場を笑い声に転換する。彼ら彼女らは、他者の声を真剣に聞く耳をもたないのだ。彼ら彼女らは、テレビで反復されるお笑い芸人の、記号的反応関係を、その場で反復することにしか関心がない。したがって「芸人的コミュニケーション」とは、なにものにもオキュパイされていない、もっとも「オキュペーション」から遠い振る舞いである。

日本的スノビズム

 ジャン・フランソワ・リオタールは、「日本的スノビズム」について語った。すなわち、内容ではなく表にあらわれる形式ばかりを重視する姿勢のことである。「日本的スノビズム」とは、人間以後の、中身(コンテント)を失ったあとの究極の形式主義、繰り返されるボケとツッコミの記号的反応に満足する、人間の残骸の姿にほかならない。そこでは、あらゆる内容・コンテンツが、「笑い」という、それもテレビ的に反復された、最大公約数的に平板化された形式に、回収され、他者の他者性が失われ、すべてが確定した予定調和と化す。

 オキュペーションではなく、芸人的形式主義に徹する方が、人にモテるという事実がある。そのことには、一理あるのである。都会より田舎の方がより早く結婚し、若く子をもつ傾向が高いのと、同様の理由である。すなわち、自ら何かオキュパイされるものをもたない方が、動物に近く、生殖のステージがはやくおとずれるということである。キャリア上、娯楽上のオキュペーションの機会が少なければ少ないほど−−精神分析学的にいえばリビドーの昇華対象が少なければ少ないほど−−リビドーすなわち生命エネルギーは退行し、生殖に向かう。

人間であるために

 われわれが人間であるためには、何を考えるか、何を自らのうちに占めさせるかを、選択しなければならない。いつの日か動物になり、生殖にいそしみ、そして土にかえることは避けられないとしても、である。それでも、そうでない時間だけは、人間であり続けていたい。

 あなたのオキュペーションはなんですか?

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